U基礎編 C 音の認知神経科学的基礎 5 HOME⇔NEXT 図2-52
Missing fundamentals 脳が作り出す音
missing fundamentals には一般的な日本語訳がなく,英語表記のまま用いられている。
fundamentals には,「基本」,「原理」,音楽用語として「原音」,物理学用語として「複合液中の最低振動数の波」,「基本波」の意味がある。
missing の方は,「あるべきところにない」,「見つからない」,「行方不明である」,の意味があり「失われた原理」とも翻訳できる詩的な言葉である。
この missing fundamentals が聴覚系のどこに起因する現象なのか,Helmholtz 以来の研究にもかかわらずまだ十分に解明できていない。
missing fundamentals とは次のような現象である。
音楽を人が聴くとき,楽器が変わると周波数成分は違うが,ピッチ(高さ)は変わらないということは知られている。
たとえば,200Hz の基本周波数があって,その倍音が1000Hz,1200Hz,1400Hz,1600Hzと並べば,200Hz と同じピッチが知覚される。
ところが,この基本周波数の 200Hz を機械的に取り除き,1000Hz,1200Hz,1400Hz,1600Hzのみを聞かせても200Hzのピッチに感じる。
このように基本周波数がなくても,その連続倍音があれば基本周波数のピッチが知覚される現象が missing fuamentals である。
これは差音とは異なり,900Hz,1100Hz,1300Hz,1500Hz の純音を聞いたときでは知覚できない1)。
この場合に missing fnndamentals があるとすれば100Hz,つまり最大公約数のピッチとなる。
ただし 100Hz は周波数が低すぎるので実際はよく知覚できない。
一般に missing fundamentals は4つ以上の連続倍音があれば知覚できるとされている。
身近にある鍵盤楽器でも missing fnndamentals を体験することは可能である。
ただし近代の平均律の鍵盤楽器では純正律と異なり音階が分数倍になっていないので 数Hz のずれがある。
また MID 規格で作られている普通のキーボードには通常純音すなわち正弦波の音色は含まれていない。
正しい倍音の純正律音階純音を体験するためには本格的なシンセサイザーを用意する必要がある。
まず基準音 440Hz のラ音,その1オクターブ上の 880Hz のラ音,2つの問にある ミ音 これは約 659.3Hz,上にある#ドが約 1109Hz。
これらを同時に鳴らすと missing fundamentals を簡便に体験できる(図2−52)。
ラ音の上の ミ音が 660Hz ならばこれは完全に5度とよばれ純正律の音階である。
平均律で行われる現在のピアノ調律はこのミ音をわざと約 0.8秒 に1回うなりを生じるようにずらすことで行われている。
missing fundamentals の立場からは現代日本音楽教育の主流の平均律音階は不自然な音階である2)。
次のような事実から missing fundamentals は末梢ではなく聴覚中枢で作られているのではないかと考えられている。
第一に片耳に,1000Hz と 1400Hz,反対側に 1200Hz と 1600Hz を呈示すると 200Hz のピッチに感じることである。
二つ目として差音は,高レベルの異なった周波数を呈示するとその差に相当する周波数が基底板上で創造され知覚される現象である。
この差音は低域の雑音によってマスクされ,知覚も消滅することが知られているが missing fundamentals は消滅しない。
第三に,てんかんの治療で手術によって側頭葉の一部を除去すると missing fundamentals がわからなくなるという報告がある。
それでは聴覚中枢のどこなのか,まだ研究者の問で合意は得られていない。